なぜほとんどのブロガーは1年以内に消えるのか?1年間で100記事書き上げた私が説明します。

なぜほとんどのブロガーは1年以内に消えるのか?1年間で100記事書き上げた私が説明します。

2021年5月27日

どうも青瓶です。

この記事で本ブログ”青瓶倉庫”の記事数が100記事を迎えることになりました。
本ブログは大体今から1年前に開設したので1年間で100記事を書き上げたことになります。意外と書いてるな(笑)

よくブログを始めた人間は1年続けるとか100記事書くとか毎日更新するとか、はたまた収益化するとか、インフルエンサーになるとか様々な目標というか野望を抱いて始めると思うのですがその殆どが達成することなく散っていきます。
よく始めてから1年間継続しているブログは数パーセントというのを耳にしますが、現実は思った以上に厳しいようです。

今回で100記事書いたブロガーとなり、曲がりなりにも脱初心者ブロガーを名乗っていい気がしたので本記事では100記事書いたブロガーが考える、ほとんどのブロガーが1年で消える理由について語っていきます。

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たった1年でほとんどのブロガーが消える理由

ブログを続けれる人がなんでこんなにも少ないかというと、理由は単純で過大評価しているからです。
それは自分の実力であり、対価であります。

自分の実力というのは、文章力や継続力、教養のことを指します。
文章力がなければいくら面白いネタがあっても読者に伝える事はできません。
・いくら面白い話をブログに投稿できても継続力がなければ1年と持ちません。
・教養がなければそもそも記事にする話題がないので記事を書けません。

とまあ様々な能力をそれなりに持ち合わせていないとブログなんてのはやってられないということです。

特に継続力は必須ですね。
実際私は文章力も教養もありませんが継続力だけは他人よりあるので今までやってこれています。

ただ稼げるブログ、とか人が読みたいと思える記事を書く…となると話は別で、それなり以上の文章力と教養が必要となるわけです。
それ故に我が青瓶倉庫は1年を生き残り100記事も書いているのにPVは地の底を這いずり回っているということになります。
まあでも記事を書いていれば、「どうやったらPVを取れるか?ってのは肌身で感じる事ができますね」あとはそれを実行したいと思えるか?実力はあるか?の問題ですが。

結局のところブログで稼ぐとかPVを獲得して有名になるとか、そういうのって社会と何も変わらないんですよ。
私が面白いと思って読んでいるブロガーさん、みんな頭がいいです。
裕福な家系。自頭が良い。社会でも多く稼いでいる。自制心がある。
記事からもその人の教養の深さを感じさせられます。

早い話、現実世界で金を稼いで有名な人間はブログでも稼げるし有名、逆もまたしかりということです。

現実世界でモテないブサメンがマッチングアプリでモテることがないのと同じ原理です。
世の中環境が原因なことよりも本人が原因であることの方が多いわけです。

あとは対価を求めすぎている。

これは闇が深いです。
まずそもそも論なんですけど、ブログを始める理由がおかしい人が多すぎますね。

最たる例が

副業としてのブログ

です。

要はストック型の副業としてブログをやって金を稼ぎたいという話ですが、本来ブログとは金を稼ぐ手段ではないです。
私の考えにはなりますが、ブログとは芸術です。

なにを言っているの?と思われるかもしれないが、ブログとは芸術です。

嚙み砕いていうと、小説のような立ち位置にブログはあると思っています。

例えば旧千円札に乗っている吾輩は猫であるで有名な夏目漱石は小説家なわけですが

夏目漱石「儲かりそうだから私は”吾輩は猫である”を書こう」

となっただろうか?という話です。
違うと思います。

文学の追究とか、もっと面白い作品をといった探求心が彼に筆を取らせていたと私は思います。

モナ・リザを描くときレオナルドダヴィンチは”儲かりそう”だから描いただろうか?

小説家は金儲けの為に小説を書くのか?
画家は金儲けの為に絵を書くのか?
彫刻家は有名になりたいから彫刻を彫るのか?
ミュージシャンは有名になりたいから歌を歌うのか?

ブロガーは?

私自身学生自体は芸術家を目指した身であるので言えるのですが、金儲けの為に絵を描こうだなんて微塵も思っていませんでしたね。
純粋に絵を描くことが好きだから絵を描くことを仕事にしたかった。
ただそれだけです。

それに”芸術家”で稼げる人間なんてほんの一部です。
金儲けしたいならビジネスオーナーになる方がよっぽど可能性は高いです。

ではブログはどうでしょうか?
時給で賃金が決まるわけでもなく、労力に見合った対価が支払われるわけでもなく、利潤の追求をしているわけでもない。
仕事というより文字の芸術といった方が近いと思うのは私だけでしょうか?

芸術として考えるなら、そもそもブログで稼ごうなんて理由でブログを始める事自体が誤りであり、スタートが間違っているのだから当然彼らの思うような対価は支払われず消えていく…というのは至極当然な事だと思えるのです。

記事を書くのに3時間かかったから時給1000円で3000円とかいうのは根本的に間違っているということです。

”記事を書いてお金を稼ぐ”ことより”記事を書く”という行為自体意味を持たせることが出来ない限りはブログを書き続けることはできないということになります。
これが続けれるか続けられないかの分かれ目です。

大半の人はそう思わないから辞めているのでしょうが、記事を書くということは結構面白いです。
自分の考えや思いを世界へアウトプットして、もしかしたら誰かに自分の思いが届くかもしれない。
インターネット版のボトルシップみたいな感覚です。

全世界に配信したい話題がある限り、私はインターネットの海に”ボトルシップ”を流し続けようと思います。