貧困層への救済措置としてばらまきは全く持って無意味

貧困層への救済措置としてばらまきは全く持って無意味

2021年6月10日

どうも青瓶です。

今回は私としては珍しく政治をネタにしています。
コロナが蔓延し給付金として10万円が全国にばらまかれました。

その後は各自治体の選挙で当選する為の”道具”として給付金が使用されるようになりました。
しかも当選した瞬間に

政治家
政治家

給付金を配るといったな、あれは嘘だ

というクズもいましたが

有権者
有権者

ウワァァァァーーー

少し脱線しましたね。
本題に入ります。
給付金って何の為に配るのでしょうか?

各々考えはあるでしょうが、私は貧困層の救済手段として配っていると考えています。
コロナによって職を失った人や給料が減ったせいで生活が厳しい状況に追い込まれている人に対する救済手段、それが給付金です。

でもよくよく考えてみると、給付金は何も救済していないということがわかります。
今回は私が貧困層救済手段としては役に立たないと考える理由と本当にやるべきことを語っていきます。

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なぜ給付金が救済手段として役に立たないのか?

結論から言うと給付金は貧困の解決策になっていないからです。

給付金によって救われるのはせいぜい数か月です。
給付金をこの先100年続けるなら話は別ですが、そんなことが不可能なコトは言うまでもありません。
で、そもそもなんで給付金が必要かというと貧乏つまりお金がないからです。

つまり貧困層に最低限の生活ができる分だけのお金を得ることができる状況を長期的に作らない限り彼らはいつまでたっても貧困層であるということです。

貧困層に本当に必要な救済手段とは

授人以魚 不如授人以漁

という老子の言葉があります。

この言葉の意味合いとしては

魚を与えればその人は1日生きながらえることができるが、魚の獲り方を教えればその人は一生食べていける

といった意味になります。

魚を与えれば確かに1日の飢えを凌ぐことはできますが、問題(飢え)の解決になっておらず、この先未来の飢えを凌ぐことはできません。
つまりもしこの人を生きながらえさせるためには、彼(彼女)が死ぬまで魚を毎日持っていく必要があります。

逆に魚の獲り方を教えれば、問題(飢え)の解決になっており、かつ自分で魚を獲ることができるのでこの先の飢えを凌ぐことが出来ます。
始めのうちは魚の獲り方を教える必要がありますが、一度覚えてしまえば面倒を見る必要はありません。
もはや彼(彼女)は自立していますからね。

これを先の事例に当てはめると

給付金を与えればその人は1ヵ月生きながらえることができるが、〇〇を教えればその人は一生食べていける

ということになります。

〇〇を教えればその人は一生食べていける…
何だと思いますか?

それぞれ答えがあると思いますが私は○○に入る言葉はお金の扱い方と考えます。

お金の扱い方を学ぶ機会を与えれば貧困問題はかなり改善する

貧困層が貧困たる所以、お金の扱い方がわかっていないからです。

そんなお金の扱い方がわからない人間に給付金を渡したらどうなりますか?
少なくとも状況が改善するとは思えません。

本当に貧困層を救いたいと国や自治体が考えるのであれば、金をばらまくことではなく、お金の扱い方…つまり国民のマネーリテラシーを向上させることが重要です。
つまりは教育です。
近々金融の授業が高校で始まるという話を耳にしましたが、つまりはこういった授業に対して本来は多くの時間を使うべきなのです。

はっきり言って学校教育って半分くらい無駄だと私は考えています。
ちなみに私が思う無駄な科目の筆頭が古文、漢文これ、社会に出て普通使いますか?

まあ漢文についてはさっき、授人以魚 不如授人以漁を使いましたがそれは私がブロガーで何かをアウトプットする側の人間で例えを出す必要がある人間だからです。
というか古文や漢文の内容は有意義(諺とか)ですが、それを読み書きできるということについてはまず使わないので無意味です。
しかも社会に出たらほぼ忘れている。
でもかなりの時間を古文や漢文の読み書きに使っていた記憶があります。

もし仮に古文や漢文に意味があるとしても、それならば意味があると思う人だけが勉強すればいいと思うんですよ。
専門科目の様に。

古文や漢文の授業は100人中1人くらいしか将来役に立ちませんが、金融の授業は100人中100人が役に立ちます。

本来学校では社会に出て役立つものをやるべきなのです。

私は昔

青瓶
青瓶

こんなもん勉強して将来一体なんの役にたつんだよ

と、よくぼやいていましたが正にその通りでした。

学ぶべきものを学べず、学ぶ必要が無いものを学ばされる。
それが今の日本の学校教育です。

結果として学生が大人になったとき、学ぶべきものを学べなかった故に悪影響が出始めます。

例えば投資。
よく日本人は投資が下手といわれますが、それは日本人が馬鹿というより正しい投資を学ぶ機会がないからだと考えます。
投資を学ぶ機会がないから明らかに詐欺まがいの商品にも何の疑いもなく入ってしまう、これで貧困層になっている人も少なくないはずです。

これを

投機と投資の違いを理解しましょう

同じ内容の商品でも手数料が全然違うものがある

各アセットクラスの特徴を説明します

この3つを義務教育として組み込むだけで日本のマネーリテラシーは劇的に改善すると思います。
日本の貧困を救うという意味では金融の授業、私は期待しています。

マネーリテラシーを向上させるというのは何も投資の話だけではなく家計についても行うべきです。
というか貧困層は投資以前の問題なのでこちらを優先するべきです。

例えば
家計の収支が赤字
明らかに年収に見合っていない高価なブランド物を所有
リボ払いしまくり

なんかの状況の人って結構いますよね
明らかにボロアパート住みでお金なさそうなのに服やバッグはブランド物の人とか…

これを言ったら怒られるかもしれませんが

まともに金も稼げない奴が贅沢をするのはダメだと思います。

戦時中の標語に

贅沢は敵だ!
欲しがりません、勝つまでは。

というのがあります。
この標語をみて私は全くその通りだと思うんですよ。

それはつまり

貧乏人がブランド物や高級車を欲しいなんてのは身の程知らずということです。
贅沢は敵です。
もしブランド物や高級車が欲しいなら、キャリアアップして年収を上げ、それに見合った男(女)になってから行うべきということです。
そう、欲しがりません、勝つまでは。です。

実際私自身貧乏人ですので、ブランド物や高級車などは一切持っていません。
欲しがりません、勝つまではです。

ただ流石にこれは過激すぎるので、学校教育で組み入れるときは

Q:あなたの家計は赤字です。
この状態を打破するために無駄な支出を抑える必要があります。
無駄な支出と思えるものに〇を打ちましょう。

1.食費
2.娯楽費
3.家賃
4.通信費
5.交通費

みたいな問題を出すなどしてマイルドに家計管理を学べる機会を国には作ってもらいたいと願っています。

まとめ

・お金の扱い方知らない貧困層に給付金を渡すことは貧困を解決する方法として間違っている。

・貧困層を救いたいと本当に考えるならお金をばらまくのではなく、お金の扱い方を教える必要がある。

・お金の扱い方を学校教育として組み入れるべき

これは行政にしかできないと私はおもっています。
自発的にできない人間は投資系インフルエンサーなどから情報を仕入れることになりますが、投資系インフルエンサーの大半は自分がより金持ちになりたいから(案件、アフィリエイト、情報商材販売)配信しているにすぎません。

これは投資系インフルエンサーが悪いという話ではなく、金が欲しいから金を稼ぐ為の勉強をしまくっている人間に教えを乞うという時点で仕方ないとしか言いようがありません。
お金が大好きな人間がお金にならないことに時間を割くわけがありませんからね。

だからこそ利益を求める必要がない学校教育でお金の勉強を行うしかないんです。
日本の未来が少し明るくなることを願っています。