未来の為に今を捨てるセミリタイア民について思うこと

未来の為に今を捨てるセミリタイア民について思うこと

どうも青瓶です。

私は人生の選択肢の一つとしてセミリタイアを目指している者ですが、同様のセミリタイアを目指す人のブログをのぞいてみると今働いている職場だったり労働するいう行為自体を忌避している方が多いです。

そういった方の仕事へのスタンスというか向き合い方は大体後ろ向きで、言ってしまえば奴隷解放のその日が来るまでひたすら耐え忍ぶといった感じです。
そしてその”奴隷期間”を短縮するために、節約、投資、副業で身請金を稼いでいくという方針をとっています。

その置かれている環境は奴隷というより吉原の遊女の方がしっくりくるような気もします。

セミリタイアを早期実現する為に、節約、投資、副業を頑張るのは素晴らしいことで私も実践しているのですが、ただ労働者である期間を奴隷期間のような考え方をするのはどうなのかなと思います。

だってその奴隷期間だって立派な人生な訳です。
いくらセミリタイア後の人生が素晴らしいものだとしても未来の為に今を犠牲にして良いものなのか?
と疑問に思うんですよ。

それにいつ死ぬかわからないです。
天寿を全うするかもしれませんが、難病にかかって数年で死ぬかもしれません。もしくは明日事故で死ぬという可能性も否定はできません。

もし未来の為に今の全てを捨てている人間がその未来を生きられないとなったらどうなるのでしょう?

考える人

俺の人生は何だったのだろうか….

と絶望するのではないのでしょうか?

私の周りでも、子供が親元を離れてようやく自由な人生を歩めるという時にくも膜下出血で亡くなった方、娘がもう少しで出産という時に亡くなった方がいました。
世の中非情なものです。

すべてを我慢して、ようやく明日からセミリタイアという時に命が尽きるなんて嫌じゃないですか。
リンゴを食べるために種からリンゴの木を育てたのに収穫一歩手前で火事で木が跡形もなく消え去るみたいな。

私はそうはなりたくないです。
例え奴隷期間が幾分か長くなろうと今を後悔するような生き方をしたくないんですよ。

例えば仕事に対する考え方についてですが、新社会人時は正に奴隷期間であり罵声を毎日のように浴びせられ屈辱的な日々を過ごしていました。
あの日々を”来るべき自由”を手に入れるために耐え続けろみたいに言われても恐らくその前に私の精神は崩壊する訳です。

ネットの海を漂っていると昔の私と同じような境遇の方がいるものです。
若くして窓際族にさせられて草むしりをやらされているセミリタイアを目指すブロガーさんを見つけました。その方の記事を読んだところ彼はその環境に適応する方向に舵を切っていました。
確かに実際職場では適応していることは伝わっては来るのですが、でも自尊心とかはボロボロだと思うんですよ、そこにいればいるほど毒のように彼を蝕んでいくと思います。
実際劣等感を綴るような記事も見かけましたし、それに対して彼は「自分に誇りなんて持ってはダメだ」みたいな考え方でした。

私が実際そっち側の人間だった期間があるので理解できますが、本当に自信が無くなっていく。
誰かと話すときもビクビクしていたし、なんなら人と話したくも無かった。

これは何も職場内に止まらないと思うんですよ。

例えば一番大きいのが男女の出会いの場なんか正にそれで、そもそも異性に声をかけにくくなるし、仕事の話なんかは絶対にするのでその時は苦行でしかないです。
また自信の無さが体からにじみ出て男性なら頼りない印象を女性にもたれることになります。これは出会いの場ではかなり致命的です。
逆になんも実力がないのにいうことだけは一丁前で謎の自信に満ち溢れている男というのは何故かモテます。

だから彼女や彼氏を作るときはかなり不利になっていると思います。
そしてパートナーがいないこと自体にも劣等感を抱くようになる。

そして転職するにしても、「自分は何の取り柄もないハナクソみたいな奴だ」と勝手に思い込んでいるので、運命を変える転職活動にも足を踏み出しにくくなります。
逆に自信満々なら「俺を欲しいと思うやつはごまんといる」と思えるので即行動できます。

そしてこうしているうちにも自尊心はどんどんと削られていき、セミリタイア前に限界を迎えて廃人となってしまうかもしれません。

だから私個人の意見としては、つらい現実から逃れる為ならセミリタイアを目指すよりも先にその原因がら逃れることが先決だと思うんですよね。
例えば転職や部署異動を検討したり、転職でマシな環境に行けるようにスキルを習得するとか。

勿論転職や異動をしたところで人生が好転するとは限りません。
一応私は部署異動+プログラミングスキルにより労働するという行為が苦痛に感じることは無くなりましたが万人がそれに当てはまるとは思いません。

それに私と同じように好転したとしてもそんなのは所詮仮初の平和であり安定です。
なぜなら明日上司がクズ野郎に代わる可能性だってありますし、何かの失言で部署内で干される可能性なんて常にありますからね。

これは我々が労働者である限り常に背負わなければならないリスクです。
だからこそ、その根本的な解決…労働者からの脱却としてセミリタイアは必要な訳です。

ただそれには時間と金がかかる。
逃げ切る前に力尽きるかもしれない、だからこそ今苦しい、辛いとあなたが感じているなら、未来に希望を託すのではなく今すぐにでもその危険な場所から逃げ出す必要があります。

今を救えない人間は未来も救うことはできない。

そう私は思っています。